2007/03/13

「卒業」 重松清

重松清さんの小説を始めて読みました。
いろんな方からいいよって進められていたのですが、テレビで何度かお話をしてらっしゃるのを見ていて、そのイメージがぬぐいきれず読めずにいましたが、娘も中学を卒業するし、たくさん積んであった「流星ワゴン」ではなく、卒業を手に取ったのでした。

「卒業」というと、学校のイメージがあり、新たな旅立ちという華やいだり、どきどきした気分もあるのですが、この小説の場合そうではなく、何かを断ち切るということが柱になっているように思います。4篇の短編すべてに、いい意味でも悪い意味でも何かを断ち切り、それを忘れるわけでなく、前を向いて歩いていくということなんだというようなことが書いてあるような気がします。
そう考えると、世の中いろんな場面で卒業する場面に出くわしているんですね。
親子関係での卒業もいろんなかたちでやってきてるのではないかと思います。
親子関係ってさまざまでほんとにひとまとめには出来ないのですが、混沌とした思いの中、人はある時不本意ながら、冷たいまでの断ち切り方をしなければいけないときがあるんだなぁ~と感じます。それは人様から見れば、悪い奴といわれかねないことでも、そうしなければ、自分が壊れると思ったときはいいんではないかと思う自分がいます。
読んでいる途中に ウルウルってしてしまう時もありました。
どんな人でもどこか一部に仮面をかぶり生きてることもあるんだと、思うのでした。

しかし・・・

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2007/02/28

「錦繍」 演出 ジョン・ケアード

レ・ミゼラブルやキャンディードの演出家である、ジョン・ケアードがでかける舞台「錦繍」が東京で上演されます。
錦繍といえば宮本輝さんの初期代表作で、私の好きな小説のひとつです。

書簡形式で綴られている小説は、ドストエフスキーの「貧しき人々」しか知りませんが、この貧しき人々よりも、自然で、重い内容にもかかわらず、部分的にカラーの映画を見るような素敵な小説になっています。

この小説をですが舞台になる、それもジョンケアード演出というと見たくてたまらないのですが、現在のところ東京公演だけのようで・・・残念です。

生きてることと死んでることを同じ場所においたり、罪と赦しが絡まってたり、私の好きな分野なんですが、鹿賀丈史さん、余貴美子さんがどんな風に演じ、またどんな演出だったのかどなたか行って見てきてくださいm(__)m

蔵王のゴンドラは出てくるのかなぁ~?
あの宮本輝さんの色使いはどんな風になってるのかなぁ~?
あの主人公の品のよさを余さんはどんな風に演じるのかなぁ~? と

いろんなことを考えてしまうのでした。

明日から3月ですね、しばらく読書から離れていたので、今読んでいる、重松清さんの「卒業」を読んだら、「錦繍」を再読しようかな。何度目でしょう???

「錦繍」は改訂版になっているのですが、以前とどこが違うのでしょう?
めちゃくちゃ気になるぅ!!!

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2007/01/05

ニコリのパズル

今日の産経新聞で、「数独」と言われるパズルが、世界中で人気沸騰中!という記事が出ていました。
私はずいぶん前から 二コリのパズルという出版物(おおげさ(^^ゞ)を愛用していて、鉛筆を使って、なかなか楽しい時間を過ごしているのですが、この「数独」はどうも好きになれません。世界中で人気があるのにどうしてかなぁ~?と自分でも不思議ですが、「数独」よりも「かっくろ」「へやわけ」「黒ますはどこだ?」「やじりん」などがお気に入りです。

数年前、会員制のニコリパズルサイトが出来て、一月500円!本を買うより安い!と思って入会し、パズルを楽しんでいたのですが、時間を忘れたり、マウスをずっと握ってる状態になるので、しばらくして辞めました(^^ゞ

最近、またネットで遊べる、二コリのサイトが出来て、もうどうしよう!!!入会したい、でも入会したら、何度も遊びたくなるし・・・と迷っています。
ネットでは間違えてもすぐ消せるし、便利なのですが、逆に達成感は少ないように思いますので、もうしばらくは鉛筆と消しゴムで寝る前の楽しい時間にしたいと思っています。

パズルを楽しんでいると、作っている人に思いを馳せます。製作者の名前が出てますので、この方の問題は苦手!とかこの方の問題はきれい!とか感じたりして・・・
作り手にまわりたいわぁと思ったこともありますが、難しそうだし、頭ひねって解くほうで、楽しませていただきます。

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2006/12/09

「遠藤周作文学館」 外海地区 出津町

昨日、長崎にでかけまして、本日念願かなって「遠藤周作文学館」に行ってきました。
角力灘(すもうなだ)に面した、素晴らしいロケーションの地に建っていて、
中に入ると、きれいなステンドグラスから漏れる光の中に、大きな遠藤さんの写真パネルがあり、「久しぶりですね!」と心の中で声をかけてしまいました。

展示室では、遠藤文学と長崎に関する事がたくさん読んだり、見たりすることが出来、隠れ切支丹や棄教した人々のこと「沈黙」や「女の一生」に思いを馳せました。
長崎に行く前に読んでいた「落第坊主を愛した母親」を読んでいた私は、棄教者や、棄教しながら再びキリストに帰依するに自分の身を重ねていた遠藤さん、キリスト者でありながら、棄教者に興味を持った遠藤さんが浮かび上がってきました。
そして、遠藤周作さんにとってのマリアさまはお母さんと重なる所があったような気がします、文学舘に飾られたマリア像、それは遠藤さんのお母様が使われていたものをその後遠藤さんがいつもそばにおいていたマリア像でした。この姿があまりに美しく、クリスチャンでない私も、その姿は忘れられないものになりました。

私はクリスチャンではありませんが、何故か隠れ切支丹のことに惹かれたりします、そして、300年以上前日本にきた、たくさんの宣教師達の強い意志を持った信仰心に驚かされます。
キチジローが本来の人間であるような気がしたり・・・
コルベ神父のような人が実際に存在してるし・・・
ひどい拷問を受けながら、殉教していった人もいるし
自分が棄てない事で、苦しんでいる人がいるんだということを突きつけられ踏絵をふんでしまう宣教師がいたり
フェレイラ改め沢野忠庵になった人がいたり・・・

あぁ~ 人間とは強くていいのか弱くていいのか・・・遠藤さんは強者と弱者にわけていた部分もあるけれど、ほんとは強者、弱者 両者でいいのではないのかと考えていたのではないかという気がしています。

外海(そとめ)地区を案内してくださった、タクシーの運転手さんが、「このあたりは昔から山々に囲まれ、入り江 入り江で文化がなりたっていて、他の村との親交もなく言葉も微妙に違います。そんな場所で、子供を育てようにも、食べるものがなく、自然災害に苦しめられ、子捨てを行っていたんです。そういう場所に、キリスト教を布教する人があらわれ、信仰について、知ったとき、深く深く浸透したのではないか、厳しい弾圧がはじまるまで、地区ごとに違う言葉で、キリスト教が浸透していったようです」というようなことをおっしゃっていました。

このような話を聞けた事、遠藤周作さんを偲ぶ場所をたくさん見ることができたことが、うれしく、今後もまだ読んだ事の無い遠藤文学を読み進めたいと思いました。

第2展示室には、狐狸庵先生の楽しいお話や、病院や樹座・宇宙棋院のことについてたくさん展示されていて、ふふふふ’と笑えたこともたくさん!

長崎から車で40分ほどで、交通の便のいいところではありませんが、遠藤周作文学館をはじめ、出津文化村や、黒崎教会は行ってよかった!と思える場所になりました。
文学舘からの景色ほんとにいつまでも忘れないと思います。

いつかもう一度行けますよぅに、 また違った感じ方ができますよぅに・・・

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2006/11/29

「宮本輝ミュージアム」 追手門学院大学

追手門学院大学図書館に数年前出来た>宮本輝ミュージアムにお友達>(RK's blog on&off)と行ってきました。
宮本輝氏がこの大学の一期生で、ずっと前にドラマになった「青が散る」という小説がこの大学を舞台に書かれていると言うのは、関西では有名な?お話です。

今回は「ひとたびはポプラに臥す」展が開催されており、この紀行文を興味深く読んでいた私には、狭いながらもこじんまりとすっきりとしたミュージアムが、とってもゆったりとした空間に感じられました。
彼の使っていた、万年筆や、専用原稿用紙に書かれた、独特の青い文字は懐かしい気持ちがしました。

>以前にも書きましたが、宮本輝さんの全集を持っているくらい、大好きな作家さんだったし、今も気になる作家さんでありますが、以前のように、単行本をすぐ買うという風ではなくなってました。その中で、この「ひとたびはポプラに臥す」は小説ではなく、紀行文でありますが、宮本輝さんの人柄がよく出ていて、すいすいとまた、シルクロードの景色を楽しみながら読むことができました。その後書かれた、「草原の椅子」には感激したことを覚えています。

文明社会に生きる、時間に追われた人間が、あの自然と対話せずには生きていけない場所で、死も意識しながら、旅するメンバーそれぞれの描写が甦り、「いつも忙しそうにしてるね」と言われる、自分の生活にぽとんと何かを波紋を投げかけられてる気分になります。

空中が星だらけ!という景色は一度みてみたいと切に思います。ただ、水を飲んでもお腹を壊す、何日車で走っても砂漠だらけ・・・はやっぱり・・・って思ってしまいます(^^ゞ

鳩摩羅什(くまらじゅう)という1600年ほど前、仏教伝播のために歩いた道を歩くという設定ではあったけれど、この紀行文は「宮本輝」さん探しのような気もします。
息子さんとの時間、通訳であるフーミンちゃんとのみょうちくりんなやりとり、カメラマンのハヤト君の目、気遣いの秘書 ハシ君等、一緒にいったメンバーがとってもよくってうらやましい。通訳であるフーミンちゃんに是非「宮本輝さんはどんな人ですか?」と伺ってみたいと思ったりします。

さて久しぶりに、大学という場所に足を踏み入れましたが、まぁ~校舎も学生も小奇麗で、おしゃれなカフェがあったり、コンビニがあったり・・・この図書館が駅から数分であれば、しょっちゅう通ってしまう!と思うほどでした。
校舎内や教室にはほとんど入っておりませんが、外を歩く学生を見てると、素敵なサロンに毎日顔を出してるんだなぁ~と錯覚するほどでした。

美術館は一人で行ったりしますが、駅から遠い大学という場所で、一緒に行ってくださった友人と、窓からの景色が広いカフェで、お茶を飲みながら、ミュージカルの話等いろんなことをお話し出来たのは、至福の時間でありました。

帰りは、学生バスに乗ったのですが、なんか緊張しちゃいました(笑)

さて今日は帰りに本屋さんで買った「スワートの男」を読むことにしよう(^^)v

一緒に行ったお友達の記事はこちらです。

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2006/11/28

「21世紀に生きる君たちへ」 司馬遼太郎

安野光雅さん装丁に惹かれ、司馬遼太郎の「21世紀に生きる君たちへ」を読みました。

小学生の教科書用に書き下ろされた、「21世紀に生きる君たちへ」と「洪庵のたいまつ」という二つの短いお話が載っているのですが、どちらも読後、清々しい気持ちになりました。今の小学生には少々難しいかもしれませんが、このような文章に子供の頃触れておくと、何かしら、自分をみつめ、自然をみつめ、人をみつめることの基本が養われるのではないかと思います。
そして、学習ではなく「学問」をするというのはどういうことか、を改めて考えるよい機会ではないかとも思います。
大人と呼ばれている私が読んでも、改めて心を律する気分になります。

子供の頃から、我が家には父が読んでいた、司馬遼太郎の本が山ほどあり、「坂の上の雲」は何度も何度も読んだほうがよい!と言われていながら、未だに読んだことがありません。「読め 読めと言われると余計読みたくなくなるの!」というのは言い訳で、歴史小説に興味がなかったというのが実のところです。今思うと、若い頃、難しくってもいいから、読んでおけばよかった・・・と

この本を読んでいて、こんな言葉があったんだ!という発見があったり、もう一度、適塾を見学に行こうかと思ったり、死生観ってなんだろ?志って誰でも持てるはずなのに・・・とか、いじめってこういうこと忘れてるから起こるんじゃないかな?とか、自然の中に答えあり?とかいろいろ思いは広がります。

この本だったら、何度でも読めます(^^ゞ覚えたいくらいの場所もあります。
小学生が読んで、大人の人と一緒にこの本についての会話がもりあがると素敵なことではないかと思ったりします。

いつか司馬遼太郎記念館に行っても、違和感無く、そこに居られるよう、何か読んでみようかな?と思ったりします。

「志さえあれば、暗い箱の中でも世界を知ることが出来る」

この言葉は広く広く明るく 感じて好きだなぁ~ 
私に「志」があった時があったのか??? 
       我が身が消え逝く思いであります・・・

この本は英語の対訳がついているのですが、作者が書かれているように、どこの国の人が読んでもうなづける作品だと思います。

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2006/11/21

「手紙」 東野圭吾

文庫本の「手紙」を読みました。

思考が止まってしまっています。

東野圭吾さんは私と同年代くらいと思われるのですが、よく書いてくださったというか、どうしてあの文言が書けるのか・・・

あの兄弟はあれからどうしたでしょう?

ベストセラーの本であってよかったと思ったりするのは、久しぶりのような気がします。

デスノートの時にも思ったのですが、善をずっとずっと続けていっても、それは善になることがなく、悪は続けていると、それは悪のままで、善というのは難しい。

人とのつながりをゆっくり紡いでいっても、そこには、ところどころ傷があって、みんな綱渡りしながら生きてるのかなぁ~って思ったり、見えないものが不安だから、現物に惑わされるのかなぁ~とか ぐるぐる思考が妙なほうに回り始めたりします。

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2006/11/09

「王妃マリーアントワネット」 遠藤周作

外国のお話を読まない私ですが、来週この「王妃マリーアントワネット」が原作のミュージカルを見に行くので、興味深く、また大げさに言うと、厳粛な気持ちで読みました。

王妃マリーアントワネットと対比されて描かれる、同じ年で、孤児で不遇のマルグリットの描写がある意味生き生きと、また寂しげに描かれているので、今度のミュージカルも、このマルグリットがどのような存在になっているかが楽しみです。

以下好き放題書いてます。

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2006/11/04

「ミーナの行進」 小川洋子

娘の学校は読書週間らしく、また新しい本を借りてきたのだが、本人は読む気なし(~_~;) 「博士の愛した数式」を書いた小川洋子さんの作品だから、私の為に借りてきたそうで、それはどうもありがとう!と「ミーナの行進」を開いたら、縦に書かれた「Tomoko」の文字が・・・主人公の名前は私と同じ!ということで、読み始めました。

1972年岡山から一時的に叔母宅にすむ事になった、中学生の「朋子」が、私と同じような年齢であった事、その数年後、田舎から西宮に出てきた自分の身と重なり、懐かしく、子供だった頃、友達とあんなことこんなこと話したなぁ~といろんなことを思い出しました。

以下 内容のことも書きますので、読んでない人は見ないでね

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2006/11/01

「涙そうそう」 吉田紀子 吉田雄生

映画は見ておりませんが、娘が学校の図書館から借りてきたので、文庫本「涙そうそう」を私も読んでみました。
表紙に妻夫木聡と長澤まさみの写真があるのは気に入りませんが(主人公が二人のイメージになってしまってつまらなくなるです(~_~;)でも仕方がないよね、映画の原作ではなく脚本のあとに出来た本みたいだし・・・) 生きてるといろんなことあるし、いろんな家庭環境があって、それでも幸せ探して、幸せそうに生きてる人々のお話でした。

この本を書いた、吉田紀子さんは映画「涙そうそう」の脚本家ですが、「Dr.コトー」の脚本家でもありますから、時として、不幸が訪れるのですが、それでも静かに生きていくという意味では良く似ているのではないでしょうか?!
共著の吉田雄生さんとはご夫婦なのかな???

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